世の中には実に色々な考えがあります。そしてあって然るべきとも感じていますが、私自身はいわゆる「デザイン好き」と「デザイナー」は、人間の種類が異なると考えています。行動、着眼点、価値観で比較表をつくってみました。
え–っと、だいたい、こんな感じなんですけど・・・
【デザイン好き】今に鋭く言及されている方が多く、知識も豊富です。よく世相を知っており、物知り。
【デザイナー】上記に相当する方もいますが、どちらかと言うと「自分ワールド」があって、まだ見ぬ世界についての構想や言及が目立ちます。
【デザイン好き】コレクターとも言えます。自分の大好きなものに囲まれて暮らしたい。「目利き」も多い。
【デザイナー】欲しいものや気に入ったものがないなら、自分でつくってしまおうと言うタイプ。ブランドや知名度には無頓着な人も。「ブランド(すでに在る知名度)」よりも自分軸を大切にします。
【デザイン好き】すでに存在しているものに価値を見いだします。
【デザイナー】これから自分が何をもって価値を見いだせるのかという、内面的な価値を常に追求しています。
デザイナーは奴隷なのか?
ちなみに、、この記事を書こうと思ってきっかけは、こちらの
タンブラーの引用記事がきっかけでした。
「デザイン好きはデザイナーになるべきではない」という事を言いたい。本当にデザインが好きで、一生飽きることの無い幸せなデザインライフを送りたいのであれば、
* デザインを発注する側の立場になる
ことが幸せへの第一歩である。デザインというのはサービス労働だから、基本的に主人(発注側)と奴隷(デザイナー)とのプレイによって成り立つ。デザイナーとは、主人あってこその職業なのである。主人の居ないデザイナー、すなわち奴隷ではないデザイナーというのは存在しない。これはデザインに限らず、営業とか、接客とか、サービスや対人関係をなす様々な労働に言えるのだと思うけれども。
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デ ザ イ ン 思 考 / d e s i g n - t h i n k i n g - 奴隷と主人について。デザイン好きがなるべき職業
私自身はいわゆる中小企業や新規事業の本当に小予算、省コスト案件ばかりやっていて毎日『苦戦』をしいられてはいます。挫折や失敗もあります。一方で、純粋に「デザイン」や「視覚戦略」でお仕事をさせて頂いていると言う充実感もあります。『制限』に対してどうやってブレイクスルーでするかということを毎日考え抜き、試行錯誤して自分でもうっとりするようなクールなデザインが出来上がり、かつ、利益や成果が出たときの充足感というのは、引用の記事のものと大きく隔たりがあります。
制限や条件を与えられた時こそ、それを乗り越え、かつ利益や効果を上げた時には特別な達成感があります。顧客にも、デザイナーは、共に力を合わせて問題を乗り越えるパートナーであり、チームの一員であるとお伝えしています。ただしこれは、課題に対して、解決するデザインを「産むチカラ」があるからであり、既存の自分のコレクションからセレクトしてダメ出しを食らう、拒否をされて落ち込むと言う種類の行動とは異なります。
「デザインが人を幸せにする」と
著書には書きましたが、それは創造する側にももちろん与えられる幸せのことでもあります。これはデザインのみならず、クリエイティブな仕事に携わる人なら誰でもが感じている事ではないでしょうか。そして、この創造からもたらされる幸せは、ただの幸せ以上のもがあると思っています。明日を生きる力・・・、つまりは、生きるパワーをも与えてくれるようなものではないかと私自身は感じています。